ヘヤジンインタビュー 『設計事務所バリカン 中川純一 代表』

中野坂上駅から徒歩7分、大通りから住宅街へと入るとば口で、落ち着いた佇いを構える設計事務所バリカン。その名前の由来は、代表の中川純一氏の風貌からも一目瞭然だ。「中川という名前が覚えられなくても、この坊主頭を見てチームの名前を覚えて頂けるなら、それが一番です。」と柔和に語る中川氏。

今回は、普段我々が生活していてもなかなか深く知る機会がない、住宅の建築設計について中川氏に話を伺った。その穏やかな語り口の端々からは、氏が建築設計という仕事に抱いている高い理想、1つ1つの案件に発揮される美意識を垣間見ることができた。

限られた条件の中で、ちょっとした感動を作る。

――バリカンでは、集合住宅をメインに設計されていますよね。HPでプロジェクトを拝見すると、どの住宅もデザインがシンプルでお洒落な印象を受けます。これらの物件は、すべて中川さんがデザインして設計されているのですか?

そうです、すべて中川設計でやっていますので安心してください(笑)
ただ、物件に着手するときは、僕の方にコンセプトややりたいことがあってそれを設計する、というケースはまずありません。これはどの案件においても共通しています。
設計をする手順としては、まず初めにデベロッパーさんから、部屋数やコスト設定などに対する意見を頂きます。集合住宅の場合、デベロッパーさんは賃料効率などを考え抜いた上で、間取りや内装を決定しているわけですから、僕たちよりもはるかに具体的なイメージを持たれています。そのため、設計するときは頂いた条件を大前提として、その上でどのように設計をしていこうかな、ということを考えていきます。
大抵の場合、条件面で余裕があることは殆ど無いので、頂いたリクエストの中で最大限に工夫を凝らすことを毎回必死に考えます(笑)

例えば、西日暮里の集合住宅「small apartment in Nishi-Nippori」は、余裕がない条件の中で色々なアイデアを考え出したケースの1つです。

この物件は、1部屋が9㎡のワンルームマンションなんですが、とにかく部屋中が小さく、道路側に窓をつけて、その反対側にキッチンと水まわりを設置してレイアウトをしたら、もうそれ以上はいじりようが無い、というようなミニマムなものでした。ベッドとテーブルを置いたら、それだけでも部屋がいっぱいになっちゃいます。

なので、小さいながらも使い勝手がいいように、部屋の要素をとことん整理する、ということを徹底して突き詰めて、小ささから生まれる不便性をなんとか解消しようと努めました。

外観で遊ぶ ―街並みからデザインする

——部屋1つとっても、考え抜かれているのですね。
そのように条件が厳しい中でも、建築家として自分の意思を反映させている部分もあったりするのですか?

デベロッパーさんは、内装など物件の「中身」のスペックにはかなりの重点を置いているので、そこでの条件はとても細かい要望を頂きます。それは、そこに住む人達に「住宅をこう使わせたい」というイメージがあるからです。
ですが、「中身」に関しては厳しい制約を課せられる一方で、意外と条件がそこまで厳しくない部分もあります。
それは「外観」です。

その外観の部分で、僕たちは出来るだけ遊んでいこう、という姿勢を持つようにしています。
もちろん、面積や部屋数は決まっているので、部屋を並べていったら建物自体のボリュームも自然と決まります。それをさらに三角にしようか、変な形を作ろうか、なんて所までは行き着きませんが(笑)、例えば外壁のカラーリングだったり、窓のサッシ割りであったり、わずかに残された手の付け所で、楽しもうとしています。
​ここが集合住宅を設計していておもしろい所なんです。

デベロッパーさんが中身を気にかけるように、部屋の借主さんも、物件選びの際には間取りなどの条件に目が偏りがちな場合があります。
ですが、その実、部屋探しをしていて「ここに住みたい」と思うポイントって、本当は「好きな駅」や「好きな街だから」という理由が大きいですよね。まず「好きな駅」があって、そこから何分圏内で、何万円で・・・という風にお部屋を探します。つまり、「その街が好きだから」という理由で住んでいるわけです。
だから、自分が住む建物があることで、もっともっとその街を好きになってくれたらいいな、という気持ちが僕の中にはあります。
そんな思いで街並みを意識しながら外観を作ることは、僕にとっては一種の「街づくり」を行っているような感覚でもあります。とても小規模なものですが(笑)

先ほどの西日暮里の物件についても、周りの建物や、駅から歩いた街の雰囲気とも調和するようにカラーリングを考えたり、玄関口や隣の建物との隙間にお花を植えてみたりしました。
すると、建てる前はしかめ面をしていた近隣住民の皆さんが、いざ竣工して足場が取れた完成品を見ると、「結構いいのができたね」と言ってくれる。一番その土地に対して身近な人達が喜んでくれるんです。
そのように、住む人だけでなく、周りの第三者の人からも評価を頂けたときには、「ああ、やってよかったな」と思えます。

共用部で魅せる ―住む人の目線に立って

——素敵なお話です。近隣の方にも認めてもらえる、というのは「街づくり」としての手応えも感じられそうですね。
ところで、今までは集合住宅の中側としての部屋と、外側としての外観の部分のお話をお聞きしていましたが、その中間にあたる共用部にも中川さんは独特の工夫をされていますよね。

「共用部」というのは集合住宅ならではの特徴で、住む人から見ると、建物の印象は共用部によって決まる部分がとても大きいんです。外観や部屋が良くても、エントランスが汚ければイメージ悪いですし、エントランスから部屋までの通路や階段なども、気は抜けません。
共用部は駅から部屋までを歩く道の一部といえるので、僕としては、そこでちょっと楽しくなる演出をしてあげたいな、という思いがあります。

例えば、洗足の「apartment KURO senzoku」では、外観は黒い建物なんですが、共用部の階段のPS扉を原色でカラフルに塗ったりしました。

この建物の階段部には窓がなく、暗くて無機質な階段を通るのは住んでいて嫌だな、と自分でも思ったので、地面に近い階数には植物の緑色、それから上の階は空の色で塗装して、その空も東側階段は朝っぽく爽やかな色に、西側には夕焼けっぽい色を使ったりして、遊んでみました(笑)

色ってわりと手軽に使えるのに、パッと華やかにしたり、印象を大きく変える力があるのでいいですよね。そのように見慣れたものの組合せなどで、発見があったり、ちょっとした感動がある作り方というのは、いつも心がけるようにしています。

あと、この物件はもう一点、面白く出来たことがあって、この隣地境界のブロック塀を見て頂けますか。

ここには、設計当初は隣に建物があったのですが、竣工と同時に空き地になってしまい、そのままでは中が丸見えになってしまうので、急遽塀を作ることになったんです。でも予算は限られていて、コストをそこまでかけられない。しかも、こちら側は南側なので、日差しや風を遮らないことも重要な条件でした。
そこで、それならコストの安いブロックを組み合わせてなにか面白いことはできないかな、と考えて、このようにズラして積んでみることにしました。
普通は、塀というのは隙間のないように積んで固めるのが通例なのですが、このようにズラして積むことで、ブロックの数も節約できるし、中から見ても開放感が損なわれないようなデザインが出来上がりました。
見慣れている建設材料を使っているのに、想像していた雰囲気とは全然違うように見えて、「ブロックってこんな良さがあるんだね」という発見につながった良い事例でした。

理想のイメージは「山小屋」 ―建築物が存在することの「必然性」

——とても面白いです。
そのような設計上のバックステージのお話が聞けると、普段見ている建物の表情がまた変わって見えてきます。では、そのように工夫したり、アイデアを生み出すためのインスピレーションはどのようにして得ているのですか?

それは街を歩いてみたり、街並みを見たりして、世の中にある物から何か学べることはないかな、という気持ちでいつも探しています。

また、いざ設計をする時には、その建物が存在することの「必然性」というものを考えます。
「この建物を建てる意味」や、「この建物はどうすればこの場所にふさわしいか」という視点からアイデアを考えていきます。僕たちがやっている設計デザインという仕事は、フワフワと頭の中で考え続けるままの作業になってしまいがちで、なにか「必然性」というものを探していかないと、ゴールに辿りつかないんです。コストや面積など、条件が厳しいということも一種の「必然性」といえるかもしれません(笑)

あと、その場所にふさわしいかどうかで言えば、僕の中にある建築の理想のイメージは「山小屋」なんです。
僕は山登りをするんですが、山頂などにある登山者宿泊用の山小屋、これが僕の理想です。デザインのデの字もなく、資材の運搬性や、風雪に耐える耐久性などからすべての形状が出来上がっている。無骨な形ですが、その無骨さが逆に「建築デザイン」としては完璧な根拠があるように思えて、そう考えるととても腑に落ちます。余計な要素が全く無くて、凛としていて格好いい。いつも見る度に、これを見習わなくちゃいかんな、と思います。

——建物がその場所にあるための「必然性」が、建築を考える上での重要なキーワードなのですね。

はい。僕が学生時代から大好きな本があって、この「Architecture Without Architects」という本なのですが、これには世界各地の土着的な建物の写真がたくさん紹介されているんです。インスピレーションという意味では、この本からは得るものがとても多いです。
例えば、砂漠の民族の集落なら、砂塵や敵の襲撃から守るために、要塞のように壁にグルリと囲まれた建造物ができていたりとか、その土地ならではの理由、まさに「必然性」から建築が形作られているんです。

極端な話、将来にもし「Architecture Without Architects」の「21世紀版・街編」のようなものが作られたら、その写真の街並みの中に、自分が設計した建物が載っていたら嬉しいな、と夢見ています(笑)

建築の持つ魅力 ―背景にあるストーリーを想像する

——中川さんが建築家を志したきっかけを教えていただけますか?

うーん、「なにがなんでも建築家になりたい!」と思ったような強いきっかけは特にないんですよね。でも、自分の中でこれがルーツになっているのかな、と思う部分としてはなんとなくあります。僕は幼少期の頃は家庭が転勤族だったんですね。それで、全国十箇所以上の地区を転々として暮らす中で、この家は使いづらい、とか、この家はココが気持ちいい、ということを自然と思うようになっていったんです。そのような感覚が積み重なっていって、いつからか建築をやりたい、と思うようになったのかな、と思っています。

ただ大学に入って本格的に建築を勉強を始めると、どんどん面白くなっていきました。自分たちが生活する中で一番身近にある「建築物」というものが、こんなにも色々な人の思惑が詰まっていて、色々な条件の上に成り立って出来ている、という事実は知れば知るほど魅力的でした。

——中川さんが発見したそのような建築の魅力を、建築を集中的に勉強していない人でも感じることができるようになれば、もっと日々の暮らしが豊かになりそうな気がします。どうすればその魅力に気づくことができるのでしょうか?

建築設計者としては、やっぱり設計者の思いや、大家さんの思いが伝わればいいな、と思います。それが建物が持っている魅力の源ですから。その「思い」に共感して住んでもらえれば、ますます自分の住まいを好きになってくれると思いますし。

この間、たまたまラジオで「現代はストーリーの時代だ」という話を聞いて、それって解るな、と思ったんです。現代はモノが単品で売れる時代ではなく、そのモノの背景にあるストーリーを消費者が好んで買う時代、というお話でした。例えば、革のバッグならその革をなめす職人のおじいちゃんがいて、その人が持っている思いを消費者は想像して、共感すれば買う。
このお話は、建築にも当てはまります。暮らしやすい建物を作るために、設計者がどのように考えたか、そこを想像しながら建物を見てもらえれば、もっと色々な魅力にも気づいてもらえて、暮らしがより楽しくなるんじゃないかな、と思います。

夢 ―「原型」を想起させる設計

——たしかに、先ほどの集合住宅のお話のように、そこに至る経緯を知った上で建物のデザインを改めて見直すと、1つ1つにストーリーがあるんだな、と思って愛着が湧いてきますね。
最後に、中川さんにとっての建築家としての最終目標というか、夢を教えて頂けますか。

夢ですか。そうですね、建物の「原型」を作りたいですね。
例えば、「椅子」と言われて思い浮かべる形って、もう決まっているじゃないですか。そういう「原型」です。
その「原型」を設計したのは、実は僕なんです、と言えるようになりたいです(笑)
でも別に「椅子」みたいにユニバーサルじゃなくて、もっとローカルなものでいいんです。僕が設計したマンションを見たら、それがある場所を思い出してしまうようなもの、京都なら縦格子、金沢なら黒い瓦の家、とか。そういう設計を手がけていくことができたら、最高です。

——中川さん、本日は貴重なお話を頂きどうもありがとうございました。

text/Y.Katayama

PROFILE

■中川純一 (なかがわじゅんいち) Bariquant. | 設計事務所バリカン 代表

1974年    千葉県生まれ
1997年    金沢工業大学工学部建築学科卒業(水野一郎研究室)
2001-04年  佐藤光彦建築設計事務所
2004-09年  日祥工業株式会社
2009年11月 Bariquant.設立
東京建築士会 正会員 2110096