ヘヤジンインタビュー 『株式会社モダンアパートメント 渡邊勇三 代表』

「空室解消」をキーワードに、ローコストでありながらもデザイン性の高いリノベーション賃貸をプロデュースする、株式会社モダンアパートメント(以下MA)。

同社は2006年に大阪で設立され、2009年には東京へ進出。そして2013年10月1日には、業界初となる「コーディネートできる家具付き賃貸サービス・RENOCA(リノカ)」をリリースする。

今回のインタビューでは、MA代表・渡邊社長の、「これまで」と「これから」を伺うことができた。

きっと渡邊社長の経営者としての考え方に、共感する人も多いだろう。そんな人はぜひ、新事業を語る際の同氏の主語にも注目してほしい。

主語を「僕は」でなく「僕ら」として語る渡邊社長の言葉の使い方からも、同氏の人柄や、社員との関係性を垣間見ることができる。

それではまず、会社を設立するまでのストーリーからどうぞ。

ゼネコンへの入社。悩み抜いた「営業」で、トップセールスとなるまで

――渡邊社長のご実家は、工務店を経営されているんですよね?

はい。だから将来は「いつか家を継ぐんだろうな」という感じで、高校を卒業してからは専門学校に進学して、ずっと建築畑を歩いてきました。

――専門学校を卒業して、大阪にあるゼネコンに入社されたのはどうしてですか?

就職活動をしていた当時は、店舗をデザインするようなデザイナーになりたかったんです。でも設計事務所やデザイン事務所は、100人面接に来て1人を採用するような世界で。見事に1社も通りませんでした。そして就職ができなくて悩んでいたときに、北大阪にあるゼネコンの面接に行ったんです。そこでは「4年後に独立します。そのかわり4年間は死ぬ気で働くので、それでよければよろしくお願いします」と言って面接を受けました。

――新卒採用の面接で、いきなりそんなことを?(笑)

はい(笑)それが面白いと思ってくれたようで、採用されました。

でも配属されたのは、営業でした。僕は現場監督としての経験が積めると思っていたので、すぐに辞めようと思いましたね。でもそのとき親父に、「おまえ独立したいんか知らんけど、営業ができん奴は何もできんぞ」と言われて。それが僕の中でけっこう響いて、「じゃあ与えられた環境の中で一回やってみよう」と思って。ほぼ飛び込み専門で、「賃貸マンションを建てませんか?」という営業をやっていました。

――営業はどうでしたか? 順調でしたか?

半年間くらいは、売り上げはゼロでした。はじめは本当に、ノイローゼになるくらい悶々としていましたね。

――その状況から、どうやって脱却したんですか?

資産家の地主さんというのは、60代・70代の農家の方が多かったんですね。だからまずは仕事の話ではなく、「困っていることはないですか?」と聞いてみたんです。すると「マンションを建てたいとは思わんけど、田んぼは手伝ってほしいな」と言われたので、野菜の話をしたり、収穫の手伝いをしたりしました。

それから「マンションは建てないけれども、農機具倉庫の改装はしたい」という話をもらったりして、どんどん受注が増えていきました。そして23歳のときには、会社の売り上げの3分の1を上げるトップセールスになっていました。

リノベーションとの出会い。そして起業へ

――しかしなぜ新築賃貸マンションの営業から、リノベーションに興味をもつようになったのですか?

飛び込みで営業に入ったあるお宅で、「おまえらみたいな業者に騙された!」と怒られた出来事があったんです。親が建てた賃貸マンションを引き継いだ2代目オーナーだという方に、「おまえら家賃10万円だった部屋が、築10年でいくらになったか知っているか? 6万だぞ? おまえらみたいな奴の口車に乗ったから、こんな目にあったんだ!」と言われたんです。

これは僕にとっては衝撃的な出来事で。そのとき「自分がやっていることは、本当に人を幸せにしているんだろうか?」と思って。「自分が人生をかけてやる仕事は、本当にこれなのか?」と思ったんです。

――そこでリノベーションという発想につながるんですね。

はい。25、6歳のときは、本当にこの仕事を続けるべきか悩んでいました。

そしてそんなとき、ある既存のお客様から、「築30年の中古マンションが空室で困っている」という話を聞いたんです。

そのとき僕は実家暮らしで、「友達を呼べるようなかっこいい部屋に住みたい!」と思っていました。だからそのお客様に、「僕にその部屋を貸してください」と言って。そのかわり、「壁紙をはったり塗ったり、自由にリフォームしたい。費用は僕が出すし、出て行く時にはきれいにするので」とお願いをしたんです。

――借りた部屋を、ご自身でリフォームされたんですか?

はい。20万円くらいかけて、アジアン調の1LDKに改装しました。そして友達を呼んで、パーティーを開きました。そしたら友達がみんな感動してくれて。相場が6万5000円くらいの部屋だったんですが、「8万円まで出すよ」とか「こんな部屋に住みたい!」と言ってくれて。

当時はリノベーションの「リ」の字が出たくらいのときで、まだそんなマーケットはなかった。でも直感的に、「若い人は古着だって着る。だから中古のものにもそんなに抵抗はないはず」と思って、さっそく会社で役員にプレゼンテーションをしました。

――プレゼンの結果はどうでしたか?

「世の中には、赤が好きな人もいれば青が好きな人もいる。男性も女性も、高齢者も学生もいる。だから賃貸マンションは、誰にも嫌われない無難な部屋が一番なんだ。おまえの部屋のような、個性の強い部屋は受け入れられない。だからやめておけ」と言われました。

でも僕は、そのときに思ったんです。だから賃貸マンションは差別化ができなくて、部屋が空いていく。同じような部屋ばかりだから、駅が近いとか新しい方がいいというような選択肢しかなくなるんだと。それにこれからの日本では、人口は減るのに中古はどんどん増えていく。だから中古を活かすようなビジネスをやって、オーナーも入居者も喜ぶようなことをやりたいと。そう思って、2006年に起業しました。