ベルギーの精神病患者を受け入れる街「結局、犯罪も自殺も“受け入れない社会”が作り出す。」

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(Manu Dreuil)

精神病の人々を、住民の基本的な優しさによって、コミュニティに「受け入れて」癒すことで、700年もの間、平和に幸福に暮らしてきた、ベルギーのGeelという町があります。

Geelでは、精神病の人は家族として「受け入れられて」いて、金銭面のサポートとしては、定期的に給付金が町から与えられる「家族ケアシステム」があり、Geelで精神障害者の里親をしているトニー・スミットさんは、次のように述べています。

「彼ら(精神病の人たち)は私たちの家族の一員であり、愛しています。」

↑精神病の人をあえて受け入れるベルギーの街、Geel (Willy Verhulst)

アメリカなどの先進諸国では、精神疾患の人々が社会から「拒絶」されて復讐心を抱き、凶悪な事件を頻繁に起こすことが大きな社会問題となっているため、Geelの制度が少しずつ注目を集めはじめており、精神科医のジャン・エスキロル氏も、Geelで何百人もの精神障害者が自由に町を散策しているのをみて驚き、「狂気を尊厳の疾患にまで高めている」と、町のシステムの成果を褒め称えました

↑精神障害者が自由に散歩できる不思議な街 (mika)

周囲に「受け入れられる」ことはこころに癒しを与え、精神疾患の症状を緩和させていく実例は多くあり、映画「ビューティフルマインド」で、妻と共に精神疾患に立ち向かい、ノーベル賞をとるまでの姿が描かれた天才数学者ジョン・ナッシュ氏は、ノーベル賞授賞式でのスピーチで、支えてくれた妻への感謝を語りました。

「幻覚に迷い、戻ってきました。そして辿り着いたのです、人生最大の発見に。愛の方程式の中にこそ、本当の解があるのです。(妻アリシアの方を見て)今の私があるのは、君のおかげだ。妻こそ私のすべて、ありがとう。」

↑「受け入れられる」ことで、精神的負担が一気に少なくなる (Piotr loop)

哲学者のミシェル・フーコーは、近代的な「生産性」を重視した価値観から、狂気には神秘という地位から病気という地位が与えられ、精神病の患者を社会から排除して、分厚い壁や鉄格子の中に閉じ込めたと指摘しているように、近代化する以前の社会では、精神疾患は、創造性や予知能力と関連した聖なるインスピレーションをもたらすものとして、社会の中で崇められ、高い地位を得ることも珍しくはありませんでした。

18世紀末に、外科医のフィリップ・ピネルは、精神病者を鎖から解放しようとした際に、「こんなけだものたちを鎖から解こうと欲しているなんて、君自身も狂っているのか?」と政府高官に問われ、「私の確信ですが、これらの精神錯乱者たちは、ほかでもなく空気と自由を奪われているからこそ、こんなにも治りにくいのです。」と答えました。

実際に、精神疾患が「受け入れられなくなった」社会では治りも悪く、自らの精神疾患とうまく付き合って、健全な社会生活を営んでいける割合は、先進国で15パーセントにすぎませんでしたが、途上国では35パーセントと、倍以上だったといいます。

↑先進国に行けば行くほど、精神病は治りにくい (Stefano Corso)

1955年にアメリカで抗精神病薬が導入されてからも、精神疾患の回復率は数パーセントしか上がらず、精神疾患を科学で改善しようとするのは非常に困難なようで、アフリカなどの開発途上地域の、シャーマンや呪術師による科学的ではないが、社会に「受け入れさせる」治療法の方が、多くの場合1週間程度の短期間で回復し、回復率が90%にも上ると報告されたように、高い効果があるようです。

例えば、グアテマラのマリアという女性は、西洋医学の面から見れば明らかに統合失調症の症状とみられる幻覚を発症していましたが、土着のシャーマンはこれをマリアの身内のせいだとして、マリア個人に原因を求めようとせず、家族や村人に「受け入れさせて」、みんなで幻覚を理解しようと取り組むことで、わずか1週間程度で回復させたという話もあります。(1)

↑まずはとにかく受け入れること(Aaron Guy Leroux)

日本では、どれだけ地域社会から排除されようとも「火事」と「葬式」の2つは例外とする村八分という言葉がありますが、ムラ社会が衰退し、個人主義が浸透することで、今までは仲間外れにされた者でも、最低限行われているこの2つの行事ですら地域では執り行われなくなり、社会で孤立する人々が増え続けています。

受け入れられない孤独は、精神疾患を生み出し、ひいては自殺につながることもあり、社会学者E・デュルケームは、この自殺の形態を「自己本位的自殺」と呼びましたが、年間約3万人という日本の高い自殺率は、人々から「受け入れられにくい」という環境が原因かもしれません。

↑自殺、犯罪の原因を事実上作り出しているのは「受け入れない社会」(Riccardo Cuppini)

東日本大震災では、地域の人々の助けが非常に大きな役割を果たし、地域社会の人々のつながりや信頼を表す「ソーシャル・キャピタル」という言葉が注目されていますが、この「ソーシャル・キャピタル」が大きい地域社会では、公共施設での催し物やボランティア活動などで住民同士が活発に交流し、お互いの信頼を深め、相手を思いやったコミュニケーションをすることで、孤立の回避や抑うつの低減など、こころの健康へのポジティブな影響があるようです。

現在は、有志のボランティアやNPOが主体となって、「ソーシャル・キャピタル」を増やす活動が盛んに行われていて、孤独な人や精神疾患の人を支援し、「受け入れていく」態勢を整えようと取り組んでいますが、行政や一個人のレベルでも、精神疾患がある人を受け入れ、彼らが尊厳をもって周囲と関われるようにすることが、孤独から生まれる社会問題を解決し、みなが幸福になる道なのかもしれません。

  1. (岡田尊司/統合失調症―その新たなる真実―)p54-58,197-199,204-206
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ヘヤジン編集部
部屋探しが3度のご飯より好き!部屋探しによって人生をより良く変える「ヘヤ・ハッキング」の提唱者。『ヘヤじい』の愛称でもお馴染みのヘヤジン編集部員。
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