建設放棄された45階建てのビルの中から、日本が忘れかけている新しいコミュニティが誕生する

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(Saúl Biceño)

世界には8億6300万人の人たちがスラム街で 生活をしていて、「スラム街」と聞くと、繁華街の影に密集して貧困層の人々が生活しているエリアを想像するのが当たり前ですが、スラム人口が約70%のラテンアメリカのベネズエラには、その常識を覆すような「高層スラム街」が存在します。

通称「タワー・ディビッド」と呼ばれる45階建ての高層ビルは、ベネズエラの首都であるカラカスの中心部にあり、1990年に建築家のディビッド・ブリンバーグによって着手されましたが、1994年に起きた国の経済破綻により、建設が放棄されてしまいました。

↑半分しか完成していないベネズエラの「タワー・ディビッド」 ( Daniel Damas)

このビルに"Squatter"と言われる不法侵入者が住み込み始めたのは、2007年に市長のオフィスとして利用される計画が破棄された際に、都市のスラム街に住んでいた人たちが一斉にビルに移り住み始めたことがきっかけで、現在ビルに住み着いている人の数は750世帯、3,000人にも及ぶと言われています。

「スラムビル」 と聞くと、犯罪やブラックビジネスが横行している場所という印象を持ちますが、東京の約100倍の殺人事件率と言われるラテンアメリカの中でも一番治安の悪い都市であるカラカスの街から、自分たちを守ってくれるビルとして集まった人々は、お互い協力し合って暮らし、住民によるコミュニティがビルの中に作られています。

住人は、月に約3,000円の管理費を出し合い、ビルのパトロールや、エレベーターがないビルの10階まで、人々を運んでくれるバイクタクシーを運営するなど、ビル内には生活に必要なお店や美容室などもあり、人々が生活に必要な環境が一つのビルの中にすべて整い、貧しい人たちが寄り添って生活をしています。

↑都会のど真ん中で、貧しい人たちが寄り添って暮らす (Raul Amooso)

このような「高層スラム街」は、1999年に就任したベネズエラのウゴ・チャベス大統領の社会主義改革の象徴となっており、石油ブームで恩恵を受けた経済発展から貧富の差をなくすために、公共投資を増やす政策が進められたことによるものです。

もともと移民が多く、平地が少ない土地難による住宅不足であったために、とくに公共不動産への投資に一番力を入れていて、2019年までに300万件の公共住宅を建てるというマニフェストに基づき、2011年までには64万2千件の公共住宅が 建てられましたが、それでも人口に十分な住宅を提供することが難しかったために、この「タワー・ディビッド」は政府から黙認されることになりました。

↑チャベス大統領「石油ブームで広がった経済格差を無くす」 (Gloovisión)

このようなチャベス大統領の富の再分配を目的とした政策により、国のGDP は2013年には6.8%アップを 記録し、貧困の度合いを示すModerate Povertyも1998年の50%から、2012年には30%にまで減少し、さらに性別による格差も世界標準に比べてとても低く、「Mission Mothers of the Shanty town」という家庭を持つ女性や、シングルマザーが働きやすくなる政策により、行政機関の5分の3の管理職が女性で占められ、 ラテンアメリカで性別による格差が一番低くなっています

↑首都カラカス:"Equality(平等)"を表す街のグラフィティ (Tom Fhy)

ある研究では、資本主義は社会を裕福にすることができるにもかかわらず、人は幸せを感じることができないという矛盾した結果を生み出してしまった、と言っているように、社会格差が少ないほうが、人はより自分たちの社会への貢献度や充実感を得ることができ、社会全体の幸福と発展に重要だということがわかっています

さらに、コロンビア大学教授で都市建築を専門とするレインホールド・マーティン氏は、「住居」は人の生活に一番影響を与えるもので、人の生活に最低限必要なものであるために、公共政策では道路や学校などよりも、まず公共の不動産環境を整えることが重要だと いっているように、人がきちんとした住居にアクセスできない場合は、政府がそれを補助することが必然となってきます。

↑人の生活に一番影響を与えるものは「住居」 ( Ed Yordon)

近年、世界各国で住宅難が騒がれていますが、イギリスでは2015年5月に発足した保守党の政府が社会手当を削減する方針で、特に値上がりを続けるロンドンの不動産物件にもかかわらず、不動産補助の削減などで貧困層はさらなる住居難を 強いられています

このような資本主義先進国がベネズエラから学ぶことは、人の生活に一番重要な「衣、食、住」を満たすために、市民の住宅の整備をすることが最も大切であり、それが満たされた時、社会格差の削減につながるという事になります。

都市の発展は、経済発展によるものと公共政策による発展の2パターンに 分けられますが、社会格差を減らし、富裕層が主導権を握るような経済発展から、「貧困層からの開発」にシフトさせるためには、まず「住宅」を集中的に改善し、住民のコミュニティが自然に形成される流れを作っていくことが大切なのではないでしょうか。

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日色ともみ(Leading&Co.)
ロンドン在住。ロンドン大学SOASにて開発学と政治学専攻中。趣味はカポエイラ。千葉県出身
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