​昭和の香りがするカンボジアの首都プノンペンで、ガイドとして働く。目標は、「ずっとカンボジアにいるぞー!」

  • LINEでシェア



今回はカンボジアのプノンペン在住のガイド、北野真司さんにインタビューしました。

言葉の壁がある中、プノンペンでガイドとして働くにいたった経緯から伺ってみたいと思います。


北野さんはプノンペンにいらっしゃる前、南スーダンにいらしたんですよね?

そうなんです。もともと日本ではIT系の企業で働いていたのですが、ハードワークとストレスで激太りし、眉間にしわをよせている毎日でした。そんな中、南スーダンに儲かるビジネスがあるよと誘われたんですね。

危険だったのではないのですか。当時の南スーダンなんて。

結論から言うと、危険過ぎてビジネスになりませんでした。安全確保の観点から部屋で軟禁状態でしたからね。何もできません。警備をつれて、一日一回近くのスーパーに日用品を買うので精一杯です。せっかくだから写真でもと思って何枚か撮ったのですけれども、軍人に捕まりそうになりましたし。

ご家族は心配だったでしょう。

心配かどうかはまったくわかりませんが、父ちゃんは世界でひと旗上げてくると出てきたわけです。

だから、南スーダンの次は母国日本ではなくて、カンボジアだったのですか?

ええ、ひと旗あげてないですからね(笑)。実は20年前にカンボジアには一度行ったことがあって、その時は私の師匠が呼んでくださったのですが、夜は絶対に外出できないような時代のプノンペンでした。でも、信じられない貧困の中で、異様に明るい笑顔の素晴らしい人たちだったんです。たまたま友人がいたというのもありましたが、たぶん、その時の記憶が大きかったのだと思います。

さっき出会った他人同士なのに、すぐに家族のようになってしまう。カンボジアとは本当に人間らしい国ですよ。不思議なことに、なんだか懐かしいんですよ、ここは。戦後の日本を直に知っているわけではありませんが、おそらくこんな感じだったのだろうと思っています。

↑メコン川岸に浮かぶ貧困層のベトナム人部落も違法だが黙認されている。

たしかに私も昭和の懐かしさを不思議と感じます。でも、そんな行き当たりばったりで、よく今まで無事に生き延びてこられましたね。

おかげさまで。私は今、地元の人に「泥棒が多いからやめた方がいいよ」と注意された場所に住んでいるのですが、家賃は15000円で、ちょっと外出するごとに大家さんや地元の子どもたちが満面の笑顔で送り出してくれるんです。

もちろん家具も何もなかったのですが、それも全てまわりのクメール人が「困っているだろうから」と持ってきてくれました。たしかにお金はないけれど、そんなことは気にせずに、ここの人たちは他人を助けてくれるんです。

ガイドの仕事なんて、来てすぐにはできないでしょう?

もちろん。そもそも私はガイドになろうと思っていませんでした。というより、何も考えていなかった(笑)。とりあえずお金もない、人脈もない中、できることは散策ですよね。プノンペン中を何カ月も歩きましたよ。

最初はトゥクトゥクドライバーが私に「乗らないか?」と営業をかけてくるのですが、しばらくすると「あいつは歩く奴だ」というブランディングでも確立したのか、営業が挨拶に変わりましたね。いいものですよ、満面の笑顔で挨拶されるのは。

だから、ガイドブックに載っていないところまでよくご存じなんですね。

ええ。ここから先は麻薬の常習者がいるから危ないとか、このエリアは投資先として注目されているから面白いといった情報が自ずと入ってくるようになったんです。

こちらの人々は、お化けが怖いという嘘のような理由で、ひとり暮らしはほとんどしないんです。必ず家族はそれに準ずる仲間と一緒にいます。だから、食卓もみんなで囲むわけですが、彼らに定評のある店にも詳しくなりましたね。

↑鉄道が通るはずだった線路で。すでに線路沿いには人々が無許可で暮らしている。

私もカンボジアで先日、起業させていただいたのですが、ビジネス面でカンボジアは今熱いですよね。

起業は諸外国に比べて非常にしやすいと思います。また、基本的に税制もそこまで厳しくはありません。ただ光熱費は高いですが。

カンボジアの総人口は現在、1300万人から1500万人と言われていますので、カンボジアで成功したモデルをASEANに広げるという企業も少なくありません。

資本があるのであれば、今はプノンペン経済特区も注目されています。税金面での優遇が素晴らしいということです。

それでも、カンボジアというと、どうしても貧困というワードが浮かんできてしまいますよね。

やはり隣国のベトナムやタイと比べてしまうと、貧富の差は否めません。しかし、ものすごい勢いで裕福になっているのも感じます。

一カ月でロールスロイスが三十数台、プノンペンで売れたという話も耳にします。チップ文化と言いますか、賄賂文化ですので、そのような面からも経済が発展しているのかもしれませんね。

実際にGDPは相当な勢いで成長しています。何しろ若者だらけの国ですから、放っておいても発展していくのではないでしょうか。

国として自立に移行すべきときなのかもしれませんね。

その通りだと思います。「地雷の国」というイメージなのでしょうけれども、実際にタイ国境付近の地雷は、「防衛」の機能を果たしています。ひどい場合は、例えば日本のボランティアが地雷除去をすると怒られますもん。「地雷をなくしたら、支援を受けられないじゃないか!」って(笑)。

↑市場で野菜の手入れをする女の子。カンボジアではよく見かける光景。

そういう「防衛」ですか!北野さんが実際にガイドされるときは、トゥクトゥクを使うことが多いと思いますが、プノンペンの交通事情は、何というかすごいですよね。クラクションの嵐ですし。

運がよいと5人乗りスクーターが見られますよ(笑)。あとは豚をまるまる一匹積んだバイクとか、こちらは冷蔵庫があまり普及していませんので、大きな氷を積んだバイクとか。

警察は何も言わないのですか。

言わないですよ。この国の警察は、地元のクメール人がカンボジアのギャングだと冗談で言うくらいですからね。

事故が起きたときとか、大変じゃないですか。

事故の場合は、近くにいた通行人が野次馬として勝手に集まってくるんです。それで、バイクや車の破損具合、あるいはケガ人の様子を見て、どちらが悪いか野次馬が判断するんですね。

野次馬が裁判官のように、どちらが悪いのかを判断し、悪いと判断された方は相手にお金を払わなければなりません。そして、そのお金を得た事故当時者は自分のことを応援してくれた野次馬にお金を配るんですよ。だから、万が一、事故を起こしてしまった場合、野次馬が多くならないうちにお金を払って解決しないと、だんだん額があがります。


↑プノンペンのバイクはほとんどが重量オーバー。

本当に愛すべき人たちだな。北野さんは、どのようにドライバーとコミュニケーションをとられているのですか。クメール語はおろか英語もあやしいですよね(笑)。

今はある程度、クメール語で案内できるようになっておりますけれども、最初は大変でしたね。そんな中、ちょうどパンさんという日本語の話せるトゥクトゥクドライバーとご縁をいただけたことが、本当にありがたいことでした。人間的にも信頼でき、謙虚なクメール人です。

トゥクトゥクの当たりはずれというのは激しくて、ひどい場合、行き先は右方向なのに、最初からニコニコして左に行ったりしますから(笑)。わざと遠回りして、余計なお金を得ようとする人もいれば、地図が読めないのに「わかった!」と早とちりして見当違いの方向に行くドライバーもいますね。パンさんのように、日本語も話せて、信頼のできるパートナーと出会えたことは、何より私の宝です。


↑日本語が話せるトゥクトゥクドライバーのパンさん。

たしかに、トゥクトゥク料金は一定ではないですからね。ビジネスにしろ、観光にしろ、安心して移動したいものです。

現在はパンさんを中心に、信頼できるドライバーを集めて、ネットワークを作っています。最短距離に、明朗会計。日本だと当たり前のことなのですが。

なるほど。プノンペンだと、そのような安心感自体が価値になるということですね。最後にお聞きしたいのですが、北野さんは今後、どのような目標を持たれているのですか。

私は現在、CONICOという会社でガイドや調査などの仕事をさせていただいております。弊社の代表はペンランさんというクメール人です。彼とも不思議なご縁でして、プノンペンで知り合いになって何年もしてから、今度は釧路で偶然に出会っているんですよね。今はプノンペンで一緒に会社をやっているわけですし。そう考えると、あんまり目標とかをたてずに、いただいた目の前のご縁を大切にしていく方がよいのかなという気がします。強いて言うなら、目標は「ずっとカンボジアにいるぞー!」ということでしょうか。

奥さまに殺されますよ(笑)。

おそらく(笑)。でも、本当は将来的に妻と息子もカンボジアに呼びたいと思っているんです。ここは本当に夢のような国ですから。


〔インタビュー後の感想〕

カンボジアは、たしかにまだ貧困層が多いですが、困ったときはお互い様という助け合いの精神が残っています。

北野さんの場合も、損得勘定を抜きにしたカンボジアの「ご縁の経済」で生かされ、その先にいきついた仕事がたまたまガイドだったということなのだと思います。北野さんはすっかりカンボジアに家族愛を抱いていて、彼ほどクメール人に家族のように愛されている人を私は知りません。

「夢の国」といえば、日本ではディズニーランドのような現実から離れたファンタジーの世界を思い描くでしょうが、木村さんは昭和の日本のようなカンボジアを夢のような場所だと話し、将来はご家族も一緒にカンボジアにと望んでいます。

お話を聞きながら、かつてIT企業で働いていた頃の北野さんが、「拝金主義に堕ちてしまった資本主義なんてもういいじゃねえか」と微笑んでいるような気がしました。

  • LINEでシェア
関 希実子 (Leading&Co.)
「No」と言えない日本人代表。多民族・多文化都市シドニーに移住したことをきっかけに、イージーな価値観を勉強中。
NEXT STORY
ロンドンに急増する野生動物と共存するか、それとも絶滅に追い込むか
都市 2015.10.13 ロンドンに急増する野生動物と共存するか、それとも絶滅に追い込むか イギリスの街に住み着くキツネやハヤブサたち。街の環境に適応すべく進化した野生動物たちとどう共存していくか、市民はかつてない難問に直面してい…